和歌山地方裁判所 平成7年(ワ)464号 判決 1999年3月10日
アメリカ合衆国ミネソタ州セントポール
スリーエム・センター
原告
ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング・カンパニー
右代表者
ドン・アール・オスモン
右訴訟代理人弁護士
久保田穰
増井和夫
和歌山市南田辺丁三三番地
被告
紀和化学工業株式会社
右代表者代表取締役
瀧本仁史
右訴訟代理人弁護士
山上和則
右補佐人弁理士
池内寛幸
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙目録記載の再帰反射シート(商品名「キワライト・ハイインテンシティグレード」、以下「被告製品」という。)を製造、販売してはならない。
二 被告は、原告に対し、金九九〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月二四日(請求の趣旨変更の申立書送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告の製造、販売している商品が原告の特許権を侵害しているとして、原告が被告に対し、その製造、販売の差止と損害賠償を求めた事案である。
一 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により認める事実)
1 当事者
(一) 原告は、各種産業用材料、医療用及び家庭用製品等を製造販売するアメリカ合衆国の会社で、肩書地に本社を有する。
(二) 被告は、染料、顔料その他化学製品、反射シート等を製造販売する会社である。
2 原告の特許
(一) 原告は、左記特許(以下「本件特許」という。)を有している。
記
(1) 発明の名称 改良されたセル状再帰反射性シーティングの製造法
(2) 出願日 昭和五二年二月一六日
(3) 優先権主張 一九七六年二月一七日のアメリカ合衆国出願に基づく
(4) 出願番号 昭和五二年特願第一六〇〇八号
(5) 出願公告日 昭和六一年四月一四日
(6) 出願公告番号 昭和六一年特許出願公告第一三五六一号
(7) 特許登録日 平成元年二月一〇日
(8) 特許登録番号 第一四八一三七一号
(二) 本件特許の特許請求の範囲第一項(本訴請求にかかる項目、以下「本件項目」ともいう。)の記載は次のとおりである。ただし、後記本件特許の出願経過等に記載のとおり訂正された。
「(a) 一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして
(b) 結合剤物質を加熱成形して互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成して被覆シート及び前記基体の少なくとも一方に接触させることにより、再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造法において、加熱成形可能でかつ放射線によって硬化し得る結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、この結合部組織に施される放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより、前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」
3 本件特許の内容
(一) 本件項目の範囲を分説すると次のとおりである。
「A(1) 一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして
(2) 結合剤物質を加熱成形して互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成して被覆シート及び前記基体の少なくも一方に接触させることにより、再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させること
からなる再帰反射シーティングの製造法において
B(1) 加熱成形可能でかつ放射線によって硬化し得る結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後(以下「本件<1>要件」という。)、
(2) この結合部組織に施される放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより(以下「本件<2>要件」という。)
前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法」
(二) A部は先行公知技術(原告会社の他の研究者による発明、特許第四五五二八二号、特許出願公告昭和四〇年第七八七〇号、以下「マッケンジー特許」という。)を要約したものである。
ところで、マッケンジー特許により生産された従来の原告の製品は、基体シートと被覆シートの結合の強度が必ずしも強固でなかった。そこで、原告の技術者において、B(1)、(2)のごとき改善(本件<1>要件、本件<2>要件)を施すことにより、基体シートと被覆シートとの結合をより強固にすることに成功したものである。
したがって、B部分が本件特許の特徴を示している。
4 再帰反射シーティングについて
(一) 本件特許発明の再帰反射シーティングは、道路標識やトラックの後部等に使用されている、ヘッドライトの光を受けると明るく輝くシートのことである。
(二) 光が物体に当たって反射するとき、基本的には光は入射角と同じ反射角で、入射とは反対の方向にはね返るのであるが、現象として三つの態様がある。乱反射、鏡面反射、再帰(回帰)反射である。
(三) その相違は物体の表面構造による。再帰反射とは、光が入射した方向と同一の方向に戻ることであり、それは反射面の前面に光が通過する物体(ガラス、プラスチック、空気など)を置き、その屈折率を利用する(別紙図一参照)。
(四) 例えば、道路標識に再帰反射シートをつけておくと自動車のヘッドライトから出た光が、道路標識に当たった後、またその自動車に(つまり運転者の目に)戻ってくるので、道路標識が確実に認識される。また、大型トラックの後部に使用される場合もあり、この場合には、後続車の運転手に、先行する大型トラックの存在が確実に認められる効果を有する。
(五) 本件特許発明においては、多数の球形の小さなガラス粒(ビーズ)を樹脂層に半分埋め込み、半分露出した状態にし、樹脂層に埋め込んだ側の球面を金属アルミニウムのような反射性の金属層で覆い、かつガラス粒の表面に空気層を設けることにより、再帰反射性を得ている。
(六) モデル的に書くと、本件特許発明によって作られた原告製造品の再帰反射シートの構造は別紙図二のようになっている。
(七) 外から光を当てると、光は、別紙図一のように、ガラス球の透明な面から入り、他の面を蔽っている金属膜で反射することにより、入射した方向に戻って行く(ガラス球における屈折率と空気の屈折率との間の比によってそうなる。)。
(八) この基本構造は前述のマッケンジー発明により達成されていた。しかし空気層を設けると、表面の透明プラスチックとガラス球を埋め込んだ樹脂層との間に間隔を生じ、その間を結合、支持する構成が要求される。
5 本件特許要件の公知技術の詳細
本件特許要件のA部分の実際は次のとおりである。
(一) 一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造すること。
再帰反射性要素とは、ガラス球(非常に細かなものであり、一平方センチメートル当たり一万個もある)及び光反射用金属膜のことである。基体シートはプラスチックであり、「配置する」とは、現実にはシートの表面にガラス球を半分埋め込み、その背後に金属膜を設けることである。
(二) 結合剤物質を加熱成形して互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成して被覆シート及び前記基体の少なくとも一方に接触させることにより再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させること。
(1) シートの表面は使用の便宜のため、また、空気層を維持するため、被覆シートで覆われる。材料はアクリル樹脂のような透明なプラスチックである。
(2) この被覆シートと基体シートは空気層の間隔を置いて結合されなければならない。特許請求の範囲では、「結合剤物質」という用語を使用し、また「被覆シート及び基体の少なくとも一方と接触させる」と記載しているが、発明を実施した実際の製品においては、結合剤物質は基体シートの樹脂そのものであり、基体シートの樹脂を加熱し、下から型で押して網目状(碁盤目状とか蜂の巣状とか)に突起させ、その部分(結合部組織)を被覆シートに接触させ、接着させる。そうすると、被覆シートを天井とし、盛り上がった網目状樹脂部を壁とし、底面にガラス球が敷きつめられた小さな部屋が多数できあがる。この網目状の壁が全体の構造を支えている。
6 被告製品
(一) 被告は、平成四年ころから、「キワライト・ハイインテンシティグレード」との商品名の再帰反射シート(被告製品)を製造、販売している。
(二) 原告は、被告製品の構造等は別紙目録記載のとおりである旨主張し、被告は、その主張のうち、次の部分を認めている。
(1) 被告製品の構成がおおむね別紙目録図(1)及び図(2)のとおりであること。
(2) 同目録図(1)のAないしGの層の構成について次の部分。
ⅰ 別紙目録(二)、(三)、(六)及び(七)
ⅱ 同目録(四)のうち、層Dは、図(2)のように四角形の網目状に盛り上がった領域Hにおいて層Aと強固に接着し、その他の領域Iにおいては半分埋め込まれた層Cのガラス球を保持しており、架橋剤であるメラミンーホルムアルデヒド及び酸化チタン顔料を含有し、硬化反応により実質上不溶性で不融性となった白色の厚さ約六〇ミクロンの層であること。
ⅲ 同目録(五)のうち、層Eは、右架橋剤を含み、硬化反応により実質上不溶性で不融性となった透現の厚さ約一五ないし二〇ミクロンの層であること。
(三) 被告は、被告製品の製造方法は、別紙イ号方法目録記載のとおりである旨主張している。
7 被告製品の本件特許権の侵害の有無(本件の中心的争点)
被告製品は、本件特許要件中の従来の公知技術であるA部分(マッケンジー特許)を利用して製造されている。
しかし、被告製品は、従来の公知技術であるマッケンジー特許により生産された従来製品に比して、その耐久性に優れており、その度合いが本件特許の方法によって生産される製品に匹敵するものとなっている。
本件の中心的争点は、被告製品のこの耐久性の向上が、本件特許のうち新規性のある製造方法を利用してなされたものかどうかである。
二 本件特許の出願経過等
当事者間に争いがない事実及び証拠(甲六、乙一、二、六ないし一一、一七、一八、二六、二九、四三ないし四五、四七、五三、六三)により認められる本件特許の出願経過等は次のとおりである。
1 米国特許二九四八一九一号によって、透明カバーフィルムを逆行反射装置の反射材料に対して一定の相互関係に維持するとともにそのビーズ状レンズ要素と接触しないように多数の碇着点を生成する再帰反射シーティングについて、カタフオート・コーポレーションに対し、米国特許が与えられていた(以下「カタフォート特許」という。)。
2 米国特許三一九〇一七八号によって、請求の原因3A部記載の再帰反射シーティング及びその製造方法について、原告に対し特許が与えられ、日本においても特許第四五五二八二号、特許出願公告昭和四〇年第七八七〇号によって、原告に対し特許が与えられていた(マッケンジー特許)。
3 原告は、昭和五二年二月一六日、本件特許の出願をした。特許出願の際の出願審査請求書(乙七、以下「本件出願書」という。)に記載された特許請求の範囲の第一項は、左記のとおりである。
記
「(1)ⅰ 表面の片面一面に配列された逆反射性要素の層を有する基体シート、
ⅱ 逆反射性要素の層から間隔を保った関係で配列された被覆シート、及び
ⅲ 該被覆シートと基体シートとの間に広がり、且つ二枚のシートを互いに接着させ、且つ内部に逆反射性要素が溶接密閉されている複数のセルを形成するように、結合と該被覆シート及び基体シートの少なくとも一つとの間の接触点で加熱成形させた結合剤物質から成る狭い交差した結合の網目組織、
から成っており、結合剤物質は、前もって該シートに積層させておいた物質の固形物層を硬化させる場合に少なくとも一枚のシートに対して強い接着力を示す物質から選定することを特徴とし、且つ更に結合剤物質は加熱成形させた後にその場で硬化させ、それによって結合が該シートに対して強い結合強さを有することを特徴とする逆反射性シーティング。」
4 特許庁審査官は、昭和五五年一一月二七日、明細書及び図面の記載が、発明の目的、構成、効果が明瞭に記載されていない点で不備と認められるとして拒絶理由通知書(乙一、以下「本件第一通知書」という。)を発した。
5 原告は、昭和五六年四月一三日、右通知書に対し、意見書(乙二、以下「本件第一意見書」という。)を提出したが、特許庁審査官は、昭和五七年一月二六日、右通知書で指摘した不備は依然解消されていないとして、拒絶査定(乙八、以下「本件拒絶査定」という。)をした。
6 原告は、昭和五七年七月七日、特許請求の範囲第一項を左記のとおり訂正する等した手続補正書(乙九、以下「本件補正書」という。)を提出した。
記
「(1)(a) 一方の表面上に逆反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして
(b) 互に交差している狭い網目状の結合部組織を加熱成形して被覆シート及び前記基体の少なくとも一方に接触させることにより、逆反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる逆反射性シーティングの製造法において、結合部を加熱成形した後、アクリル基剤重合性物質の如き、結合部用の結合剤物質を、結合部に施される放射線によってその場で硬化させることにより、前記シートに対する結合部の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」
7 特許庁審判官は、昭和六〇年六月一二日、本願発明は米国マッケンジー特許の結合部組織の結合剤物質に、公刊物に記載の放射線照射技術による強化技術を単に適用したものにすぎない等として、拒絶理由通知書(乙一〇、以下「本件第二通知書」という。)を発した。
8 原告は、同年一一月一日、右通知書に対して、意見書(乙一一、以下「本件第二意見書」という。)を提出した。
9 本件特許は、昭和六一年四月一四日、出願公告がされた(特公昭六一-一三五六一号)。
10 本件特許出願に対し、西武ポリマ化成株式会社から特許異議が出され、原告は、これに対し、昭和六二年四月三〇日及び同年六月一日、特許異議答弁書(乙二九、乙五三の1ないし3、以下順に「本件第一、第二異議答弁書」という。)を堤出した。
11 本件特許は、平成元年二月一〇日、設定登録された。
12 日本カーバイド工業株式会社は、本件特許に対し、平成六年、特許無効審判を請求し(平成六年審判二〇九一五号)、原告は、平成七年八月二一日、これに対し、無効審判答弁書(乙二六の1及び2、以下「第一審判答弁書一」という。)を提出した。
13 特許庁審判官は、平成八年四月二五日、結合部組織を何に形成するのか不明である、本件特許の願書に添付された明細書及び図面に記載された第七図及び第八図にかかる事項は、なぜ本件発明の実施例であるのか不明であるとして、特許無効理由通知書を発した(乙一七)。原告は、同年八月一二日、審判事件答弁書(乙六三、以下「第一審判答弁書二」という。)を提出した。
14 被告は、同年五月二三日、本件特許に対し、特許無効審判を請求し(乙一八、平成八年審判第八三三六号)、原告は、同年八月一二日、審判事件答弁書(乙四七、以下「第二審判答弁書」という。)を提出した。
15 原告は、同日、訂正請求書(乙四三、以下「本件訂正請求書」という。)を提出したが、特許庁審判官は同年一二月二五日訂正拒絶理由通知書(乙四四)を発し、原告は、平成九年四月一一日、手続補正書(乙四五、以下「本件補正書」という。)を提出して、本件特許の請求の範囲第一項を左記のとおり訂正することを求めた。
記
「1(a) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして
(b) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し、互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において、加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を成形した後、この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより、前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」
16 特許庁審判官は、平成一〇年三月三一日、平成八年審判八三三六号及び平成六年審判二〇九一五号を併合して、原告の訂正を認める、右各審判の請求は成り立たないとする審判をした(乙七〇)。
三 争点
本件の中心的争点は、被告製品の本件特許権の侵害の有無である。
前提事実3(二)記載のとおり、本件特許は、従来の公知事実であるマッケンジー特許に比べ、本件<1>要件(加熱成形可能でかつ放射線によって硬化し得る結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成すること)、本件<2>要件(この結合部組織に施させる放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすること)により、基体シートと被覆シートとの結合強度を増大させることがその特徴となっている。
原告は、この点に関し、本件<1>要件、本件<2>要件とも、本件特許の新規性を有する部分であり、このうち、本件<2>要件よりも本件<1>要件の方が重要であり、被告製品がこの本件<1>要件に該当し、被告製品は本件特許権を侵害している旨主張する(争点1)とともに、仮に本件<2>要件も重要であったとしても、被告製品は本件<2>要件に該当している旨主張する(争点2)。
被告は、これに対し、本件特許のうち新規性を有するのは本件<2>要件のみであり、本件<1>要件は、従来の公知技術の範囲内であり、また、本件<1>要件を新規性のある技術と主張することは禁反言の原則に照らし許されない旨主張し(争点1)、本件<2>要件については、被告製品は加熱は成形の際の一回しか行っておらず、加熱成形後は、これを一切行っていないので、本件<2>要件に該当しない旨主張する(争点2)。
また、本件<1>要件、本件<2>要件にでてくる放射線には加熱を含むか(争点3)、被告製品に特許法一〇四条の適用があるか(争点4)否かも争点となる。
被告製品が本件特許権を侵害する場合は、原告の損害額(争点5)の認定が必要である。
これら争点に関する当事者双方の主張は次のとおりである。
1 本件特許のうち新規性を有する部分、被告製品の本件<1>要件該当の有無
(一) 原告の主張
本件<1>要件、本件<2>要件とも、本件特許の新規性を有する部分であり、このうち、本件<2>要件よりも本件<1>要件の方が重要であり、被告製品が本件<1>要件に該当していることは次のとおりであるから、被告製品は本件特許権を侵害している。
(1) 公知技術(マッケンジー特許)は、従来技術において、ビード状レンズ露出型の逆行反射装置のレンズ表面上に透明なカバーフィルム又は板を配置することについて、その端縁の封緘の達成維持についての困難を、格子模様に複数の密閉ポケットを形成したことにより克服したものであり、この先行発明では、格子状の封緘線を加熱成形により形成するのであるから、結合剤物質は当然に熱可塑性の材料である。
(2) マッケンジー特許においては、屋外で使用しているうちに被覆フィルムと結合部組織の結合力が低下して、剥離を生じるという問題があったところ、従来使用されていなかった硬化性の結合剤物質を使用し、シーティングに成形した後に硬化させるという手法を試み、意外にも従来品では到底得られない高い係合強度(耐久性)を達成したのが本件発明であって、成形後に硬化させるためには硬化可能な結合剤物質を使用する必要があり、従来技術において実質的に硬化性である結合剤物質を使用したものはなかったのであるから、材料の選択それ自体に重要な発明的価値がある。
(3) なお、マッケンジー特許の明細書における「熱硬化性の成分が使用されても良い」旨の記載は、熱硬化性の成分が混入を許容されているのみであり、主眼は全体として熱可塑性ないし熱粘着性でなければならないというところにある。原告が第一審判答弁書一において述べた米国特許第二四一〇〇五三号が熱硬化性成分を含む熱可塑性接着剤材料を教示しているとは、右米国特許を考慮すれば、マッケンジー特許の明細書の右記載は、教示する熱硬化性成分の反応した後でさえ引き続いて熱可塑性又は熱粘着性であることを意味しているということである。
(4) したがって、全体として熱硬化性を示す被告製品の結合剤物質は、公知技術の結合剤物質ではなく、本件特許発明の結合剤物質である。
(二) 被告の主張
本件特許のうち新規性を有するのは本件<2>要件のみであり、本件<1>要件は、従来の公知技術の範囲内であり、また、本件<1>要件を新規性のある技術と主張することは禁反言の原則に照らし許されない。また、本件<1>要件が新規性を有するとしても、被告製品は本件<1>要件に該当しない。
(1) 本件特許は、カタフォート特許の改良発明であるマッケンジー特許の改良発明である。マッケンジー特許の明細書には、結合剤物質として熱硬化性樹脂を用いても良いことが開示されている。
(2) マッケンジー特許の明細書には、「熱硬化性の成分が使用されても良い」、「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の層を有して、密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」と記載されており、これは、密閉封緘中に熱可塑性か又は熱粘着性の相を有すればよいと述べているだけで、その物質系がたとえ熱硬化性であっても良いと言っている。原告は、マッケンジー特許の結合剤物質は、熱によって成形されるものであり、当然に熱可塑性の材料であり、熱硬化性成分は単に混入を許されているのみであり、全体として熱可塑性でなければならないと主張するが、熱硬化性成分が単に混入を許されているのみとの記載はないし、「熱硬化性の成分」は、米国特許では「Thermosetting constituents」となっており、これは熱硬化性重合体のことにほかならず、熱硬化性重合体とは、加熱によりあるいは科学的方法により硬化されたときに、実質的に非溶融又は不溶の生成物に変化しうるもののことであり、まだ硬化可能な状態の成分のことである。そして、熱硬化性の成分も、硬化前の成形時に、熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有するのであるから、マッケンジー特許の結合剤物質は熱硬化性成分も対象にしている。
(3) さらに、本件特許は再帰反射シートなる製品群の中の「カプセルレンズ型」という一分野に過ぎないところ、熱硬化性樹脂を反射シートに使用した公知例は昭和四八年七月一一日出願の実用新案(乙三〇号証)を初め多数存在しており、当業者にとってマッケンジー特許から、熱硬化性樹脂を使用するという発想に想到するのは極めて容易である。
(4) また、原告は、第一審判答弁書一において、熱反応性フェノール・アルデヒド型の樹脂(熱硬化性成分)を含む熱可塑性接着剤材料を教示している」と述べているから、同じアルデヒド重合体の一つであるメラミン樹脂を含む熱反応型の樹脂(熱硬化性成分)を被告が使用していることを本件特許権の侵害であると主張するのは、禁反言として許されない。
(5) よって、マッケンジー特許によって熱硬化性樹脂を結合剤物質に選択することは開示されており、放射線に熱を含むとすると、原告主張の新規性を有する部分はマッケンジー特許で開示されている。
(6) 原告は、マッケンジー特許の製品が剥離を生じる欠陥があり、本件特許によって初めてその欠点を改良できたと主張するが、マッケンジー特許には、「確実にして永久的密閉的結合が形成される」、「長期間の高い温度状態と、高い相対湿度ならびに変化する高温度の熱帯的状態と衝撃テストと、極地的冷寒状態とを受けたが(中略)これらの極端な状態に耐えた」と記載されているし、その製品は、アメリカ連邦規格における促進耐候試験二二〇〇時間に合格していたし、その商品案内には一〇年の使用に耐える旨明記されていたのであるから、マッケンジー特許の製品は実用的には何ら剥離問題を起こしていなかった。
(7) 被告製品が優れた耐久性を示すのは、被覆シートに低延伸倍率の一軸延伸フィルムを使用しているためであり、本件<1>要件の方法を使用しているためではない。
2 被告製品に加熱成形後の硬化が施されているか否か(被告製品の本件<2>要件該当の有無)。
(一) 原告の主張
仮に、本件特許で新規性を有するものとして、本件<2>要件が重要であったとしても、被告製品には、次のとおり、加熱成形後の硬化が施されており、右要件に該当する。
(1) 被告製品は、加熱成形後の硬化が進行していることから、工場出荷前に再加熱による硬化を行っていると推認することができる。
<1> 被告製品の結合部組織(基体シート)の主成分はエチルアクリレート及びメチルメタクリレートの重合体であるが、これは加熱成形可能なポリマー(合成樹脂)であって、後記メラミンーホルムアルデヒドによる架橋以前には、加熱成形すると流動性を示す。このポリマーのところどころにヒドロキシプロピル基やヒドロキシブチル基が結合している。さらに、基体シート中には、少量のメラミンーホルムアルデヒドが含まれている。メラミンーホルムアルデヒドは合成樹脂中のヒドロキシプロピル基やヒドロキシブチル基に含まれるヒドロキシル基(水酸基ともいう)と反応して、ポリマー鎖に橋を架けて結合することができる。すると、ポリマー分子は三次元の網目構造となる。これが即ち硬化である。
<2> そして、現実に販売されている被告製品に於ては、結合部組織を含む基体層は、硬化反応が進行している。この硬化は、メラミンーホルムアルデヒドとポリマー中のヒドロキシ基の熱による反応によって生じたものである。
<3> 被告は、加熱成形前に硬化させていると主張するが、基体シートと被覆シートを結合する網目状組織を形成する際には、エンボスローラーという装置を使用して製造されるが、ローラーに挟まれている時間は短いから、加熱成型時の流動性が十分高くなければ意図する網目状の結合組織はできないし、完成した被告製品を再度エンボスローラーで成型しても十分な流動性を得られないから、被告の右主張は信用できない。
<4> また、被告製品は、被告製品を設置した試験棚を南に向け、四五度に傾けて、フロリダ州マイアミ、オケーチョベー・ロード一七三〇一において一九九三年一二月一五日から一九九五年一二月一五日まで行われた屋外露出試験において、試験後も表面フイルムは元の位置に固定されており、シーティングとしての機能を十分に果たしており、本件特許の製品と同等の耐久性を達成しているから、結合部組織の結合力を増大させるという発明の効果を有している。被告は、結合力の増大は、特許明細書に記載されている試験法(かみそり刃試験、熱収縮試験及び引き剥がし試験)によって測定すべきであると主張するが、これらはあくまで予備的な試験法であって、別の試験法で効果があれば、本件特許発明の技術的範囲に属するというべきであるし、本件特許の究極の目的が耐久性の向上にあるのであるから、屋外試験での耐久性が向上していることを直接確認できた場合には、それ以外の試験をする必要に乏しい。しかも、加熱成形直後の被覆フィルムと基体シート間の引き剥がし試験による結合強度は、一六七六グラムであり、市販被告製品の結合強度の最大値は、二四九三グラムであるから、引き剥がし試験によっても被告製品の結合強度は増大している。
(2) 仮に、再加熱が行われていないとしても、被告製品は、出荷後の自然界の放射線照射等による硬化の進行を予定された商品であって、結果発生の必然性を知ってこれを利用することは、自らその行為をしたのと同様に評価されるべきである。
<1> 本件特許が公告されることによって、再帰反射シーティングの結合部組織を硬化可能な樹脂で製造する方法の優秀性が知られ、そして本件特許の実施品である原告製品が、市場において圧倒的な成功を収めた後に、このような状況を知って、自然界の放射線によって硬化しうる材料によって結合部を形成し、シーティングの使用中に硬化反応を進行させて結合力の増大を図ることは、「積極的に硬化させること」の一態様に当たる。
<2>ⅰ 特許請求の範囲中の「その場で硬化させ」の「その場で」とは、英語の「IN SITU」の訳語であり、加熱成形により網目状に被覆シートと接着した結合部組織をその状態のままで硬化させるという位置関係のことを言っているのであって、接着させた部屋でとか、間髪を入れずとかいう技術的に意味のないやり方を指しているのではない。要するに、硬化し得る材料を用いてそして硬化させるということである。
ⅱ 特許公報にも、「自立形態にある間に、結合剤物質をその場で硬化させる」とあり、これは、加熱成形した形が保持されている間に、それを固定化することを意味している。また、同様に、「得られたシーティングを次に電子線で照射する」、「次に打ち出したシーティングを、あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する」、「結合部のその後の硬化」等の記載があり、結合後直ちに硬化しないことが前提とされており、硬化操作の目的は、加熱成形した後、その形を保持するためであることは明らかである。
ⅲ そもそも、シーティングが製造されるエンボスローラーは流れ作業であり、加熱成形は瞬時的に行われるから、硬化工程を物理的に同じ場所で行うことは不可能である。
<3> 被告は、原告が第一審判答弁書一において積極的に硬化すべきと述べていることをもって、自然界に自然の状態で存在する広義の放射線を意識的に除外していると主張するが、原告の右答弁書の記載は、マッケンジー特許における熱硬化成分の言及は、単に熱可塑性樹脂の軟化点を高めるために添加し、シーティングの加熱成形前に硬化成分を硬化させておくことを予定したものと理解すべきであって、加熱成形前に硬化成分の反応は終わっているのだから、加熱成形後に更に硬化することはないと説明したものであり、マッケンジー特許における結合剤は軟化点を高めた熱可塑性樹脂にほかならないことを主張しているに過ぎない。
<4> 被告は、公知技術(マッケンジー特許)による製品にも同様の硬化が起きていると主張するが、右製品は熱可塑性樹脂であるから、そのような硬化は生じない。
(二) 被告の主張
(1) 被告製品の製造方法は、別紙イ号方法目録のとおりであり、加熱は成形の際の一回しか行っておらず、加熱成形後の加熱は一切行っていない。
<1> 被告製品の結合剤物質は、加熱成形前に結合剤の層に添加された熱硬化成分が反応した状態(半硬化ないし部分硬化)になっており、それにより結合剤の軟化点を高め、溶剤に不溶の状態にあるが、引き続いて熱粘着性の状態にあり、この結合剤を摂氏二〇〇度以上の温度で加熱成形して被覆シートに接着させたものが被告製品である。
<2> シーティングに糊付加工をした後、高温に曝すことは、糊に悪影響を及ぼしたり、ロール状に巻かれたシート面やシートそのものに様々な損傷、異常を引き起こす原因となるため、加熱硬化するのは、エンボス加工後、糊付加工前に限られるところ、被告の工場内には、そのような硬化処理をする装置はない。
<3> 被告の加熱成形直後の製品の溶解性有機成分は四一・六パーセントであるのに対し、被告の市販製品の溶解性有機成分は四四・七パーセントであり、これは製造のロットぶれや実験誤差を考えるとほぼ同じ硬化レベルであり、両者には硬化レベルにおいて大差がない。
(2)<1> そもそも、本件特許の構成要件は、単に結合部組織を硬化させることに尽きるのではなく、「シートに対する結合組織の結合強度を増大させる」ことも含まれる。加熱成形された固体の結合剤物質に放射線硬化を施すと、結合剤物質とフィルムの間の結合力は増大するどころか低減する場合がある。したがって、本件特許の構成要件にいう、硬化は、迅速に硬化させるために放射線を施し、結合剤物質を厳密に選択することにより、結合力を増大させることである。
<2> そして、被告製品は、結合部組織の結合力が増大されていないから、本件特許の構成要件を満たさない。被告の加熱成形直後の製品の引き剥がし強度は一六七六グラムであり、被告の市販製品の引き剥がし強度は平均一六二〇グラムであるから両者の引き剥がし強度はほぼ同一である。被覆フィルムの剥離を改善するには、製造条件を改善する、初めから接着力の強い結合剤を使用する、収縮しにくい性質を有する材料を被覆フィルムに選択して使用する等の方法があり、被告製品は耐剥離性を寸法性に優れた被覆フィルムを使用することによって得ている。被告製品の結合剤物質は、いかなる加熱条件で硬化させても引き剥がし試験による結合力は増大しない。原告は、被告製品が屋外試験において本件特許の製品と同等の耐久性を示したから、結合力は増大していると主張するが、特許公報に本件特許の作用効果を検証する方法として、かみそり刃試験、熱収縮試験及び引き剥がし試験の三種の試験を記載した以上、右検証方法は、これら明細書記載の試験方法に限定されるべきである。
(3) 原告が主張する「仮に、再加熱が行われていないとしても、出荷後の自然界の放射線照射等による硬化の進行を予定された商品である。」との主張は、以下の点で不当である。
<1> 特許請求の範囲中の「その場で硬化させ」の「その場で」とは、「加熱成形操作をした、その位置で」ないし「加熱成形操作をした後、間髪を入れず」の意味である。
ⅰ 本件特許公報には、「加熱成形後その場でその物質を硬化する」、「物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって」との記載があり、また、その実施例にも「打ち出し操作に続いて」「照射した」との記載があるし、当業界の技術的常識に従えば、放射線による硬化は、加熱エンボス加工後、シート巻き取りまでの間に電子線等の放射線照射装置を組み込むことが一般的であるから、「その場で硬化させ」とは、「加熱エンボス加工の後に続く一連の製造工程の現場で硬化させ」との意味である。
ⅱ 原告は、本件第一異議答弁書において、マッケンジー特許等は「加熱成形し、次いで加熱成形した模様状結合剤材料を硬化する一連の工程は教示しない」、「工程順序は教示していない」、「加熱成形が加熱成形-硬化の連続工程を用いることによって維持されることは全く認識されておらず、そのような連続工程が被覆フィルムへの結合強度の増大を達成するのに用いることができるという認識もない」と記載しており、これらの記載からは、「その場で硬化させ」とは、明らかに「加熱エンボス加工の後に続く一連の製造工程の現場で硬化させ」と解していた。
ⅲ さらに、本件特許の構成要件には「シートに対する結合組織の結合強度を増大させる」ことも含まれ、この構成要件は新規性を有する部分であるところ、これは工場出荷前にされなければならない。なぜなら、発明が完成し特許出願が可能となるためには、継続反復性が必要であるところ、工場出荷後は、商品の使用状態によって寒冷地で使用されて放射線による後硬化がされない等反復継続性がないことになるからである。
<2>ⅰ 原告は、第一審判答弁書一において、マッケンジー特許の結合剤物質に熱硬化性物質が含まれるからといって、このことは(中略)更に放射線で硬化されることは全く意味しない」と述べ、「本件特許発明は結合剤物質をまず加熱成形した後に、放射線を用いて積極的に硬化させることが必須条件」等と積極的に硬化させるべきことを繰り返し述べているのであるから、自然界に自然の状態で存在する広義の放射線を意識的に除外しており、原告の右主張は意識的除外論ないし包袋禁反言から許されない。
ⅱ 本件特許明細書には、「次に打ち出したシーテイングを、あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する。」と記載されているから、本件特許における放射線は、製品が工場出荷後に受ける、自然界に自然状態で存在する低い水準の放射線を含むものではない。
<3> 本件被告製品の製造方法である熱処理を一回のみ行う方法は、公知技術(マッケンジー特許)であって、この公知技術により製造された物においても、市場に転々し又は使用状態において硬化が進む現象が生じている。マッケンジー特許が熱硬化性成分も対象にしていることは、争点1の被告の主張に述べたとおりである。したがって、公知技術除外論からしても、本件特許は、出荷後の硬化の進行を予定された商品には及ぼない。
<4> 原告は、本件第一異議答弁書や第一審判答弁書一において、「結合組織の結合強度を増大させること」に新規性があると主張して特許を取得しており、原告の主張はこれと矛盾し、包袋禁反言に該当するものである。
<5> 被告製品に架橋剤として使用されているのはメラミン樹脂であり、この物質は工業的に摂氏一〇〇度以上でなければ十分に効果が得られないところ、被告製品は、冷暗所での保管を顧客に指導しているし、出荷後も硬化が進行するような温度条件に曝される可能性は少ないから、出荷後に放射線硬化等による硬化を予定していない。
3 放射線照射に加熱を含んでいるか否か。
(一) 被告の主張
本件<1>要件、本件<2>要件にいう放射線には、次のとおり加熱は含まれていない狭義の放射線を指す。そして、被告製品は狭義の放射線により硬化しうる結合剤物質を使用していないし、その製造過程において狭義の放射線を照射することもないから、この点からも、被告製品は本件特許権を侵害していない。
(1)<1> 「放射線」は、一般用語として、「高速度の粒子線及び電磁波の総称」であり、「熱」は、一般用語として、「温度が異なる二つの物体が接触するとき、高い温度の物体から低い温度の物体に移動するエネルギー」であり、両者は、全く異なる概念である。
<2> 熱エネルギーは一般的に内部エネルギーとして、電磁波は場のエネルギーとして認識され、それぞれのエネルギーは全く異質な物である。熱は、放射により伝達される場合、赤外線の形を取るが、赤外線は電磁波であって場のエネルギーであり、内部エネルギーである熱エネルギーとは全く別の物である。しかも、工業的に利用される熱エネルギーは主として伝導ないし対流によるものであり、これらのエネルギーは真空中では絶対に利用できないものであって、真空中を伝播できる電磁波とは異なる。
<3> 以上のように、放射線には熱を含まないことは明らかであるし、本件特許請求の範囲には、「結合部に施される放射線によって」とあるが、この意味する「放射線硬化」ないし「放射線を施す」の技術的意義は、当業者にとって熱を含まないと一義的にかつ明確に理解することができる。したがって、特許法七〇条一項が適用され、発明の詳細な説明における放射線は熱を含む旨の記載を参酌するまでもないし、参酌すべきではない。
(2) 原告が本件特許公報中に記載している実施例一一は、摂氏六五度で一六時間も加熱するというもので、とうてい工業的に成り立つ製造技術ではなく、「熱」が有する欠点を示すためのものであって、本件発明が、短時間で所期の目的・作用効果を達成する「熱を除く他の放射線」を対象とする点に進歩性のある発明であると主張するための比較例である。
(3)<1> 本件特許の出願当初は、特許請求の範囲第一項は、放射線も加熱も硬化手段として含んでいたところ、本件第一通知書によって「加熱後硬化させたりすることは一般に周知である」と指摘されて拒絶査定となった。これに対して、原告は、本件第一意見書において、「厳密に選択された結合剤を用い」なければならない旨及び「本願発明が最初に加熱成形を行ない、次に放射線硬化を施すこの慣用とは云えない方法」である旨記載したものの、「右拒絶理由通知書で指摘した不備は解消されていない」との理由で拒絶査定を受けた。原告は、本件補正書において、特許請求の範囲第一項を「結合部に施される放射線によってその場で硬化させる」と意識的に限定したが、本件第二通知書によって、マッケンジー特許等の公知例から当業者容易の発明例であるとの理由で拒絶された。原告はこれに対し、本件第二意見書において、「引用例1(マッケンジー特許)の結合剤材料は、放射線照射に曝すと、重合体分子が細かく分断されることによって結合剤層は弱くなり、接着を強くすることはない。」と記載して、熱を含まない放射線(以下「狭義の放射線」という。)について述べ、加熱による硬化及びマッケンジー特許に使用された結合剤を意識的に除外している。
<2> また、原告は、第二審判答弁書を提出し、「加圧下での加熱により形成された部分のみを硬化させ得ることを要する」と明瞭に規定したが、熱によって結合部組織のみを硬化させることは不可能であり、まさしく狭義の放射線によってのみ可能な技術である。
<3> したがって、放射線には熱を含むという原告の主張は包袋禁反言に当たる。
(4) 以上によれば、本件特許にいう放射線には加熱を含まない。
(二) 原告の主張
(1) 放射線は、広義にはすべての電磁波および粒子線をさすこともあり、「高速度の粒子線および電磁波の総称」とも定義されるところ、熱の一形態は電磁波である。すなわち、固体・液体・気体からの温度による熱エネルギーの放射は、電磁波として放射され、放出される電磁波のスペクトルは、赤外線・可視光・紫外線・X線・そしてγ線すべてを含んでいる。地球上で実現される高温物体からのエネルギー放射は、主に赤外線による。
(2) 赤外線や太陽光は狭義の放射線に含まれ、加熱が赤外線や可視光によってなされれば放射線に含まれるところ、加熱ロールや貯蔵室内で加熱された場合も熱硬化性樹脂が反応して硬化するために必要な熱エネルギーが与えられる点で全く同じであり、放射線に熱が含まれるというべきである。
(3) 本件特許の明細書の放射線の他の有用な形態は熱を包含する旨の記載及び右明細書に挙げられている実施例一一からすれば、放射線には電子線放射線(エレクトロンビーム)、紫外線、核放射線、極超短波放射線があるとともに、熱を含む。特許の請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するため明細書の記載を考慮すべきことは、特許法七〇条二項に規定のとおりである。もっとも、明細書には「熱は長時間を要するという欠点がある」と記載されているが、これは権利の範囲に含まれるもののうちでの相対的長短を述べたものであるし、他方熱による硬化には特別な装置を要しないという利点があるのであって、熱を放射線から除外してはいない。
(4) 原告は、本件補正書において、特許請求の範囲中に「放射線によって」という文言を加えたが、放射線に熱を含むという定義を維持していたし、本件第二意見書のマッケンジー特許の接合剤材料は放射線照射に曝すと結合剤層は弱くなる旨の記載も、拒絶理由で引用された文献が熱以外の放射線に関する物であったため、必然的に狭義の放射線について言及することになったまでのことであるから、原告が出願経過において放射線を熱を含まないものに限定したことはない。そして、このような特許請求の範囲と出願明細書の記載について特許庁の審査官ないし審判官に矛盾を指摘されたことはない。
4 被告製品は、特許法一〇四条の適用があり、本件特許方法により生産されたものと推定されるか否か。
(一) 原告の主張
(1) 本件特許方法によって生産される物は、架橋されて不溶性で不融性である結合部組織を有し、これがため高い耐久性を有する再帰反射シートであり、これは本件特許発明が初めて可能にした製品であって、日本国内において公然知られた物でなかった。被告製品は、結合部組織が実質的に架橋されて不溶性、不融性のものであるから、特許法一〇四条の適用があり、原告には被告製品の加熱成形後の再加熱の立証は不要である。
(2) マッケンジー特許は、結合剤物質として熱可塑性樹脂を使用したものであり、熱硬化性樹脂を使用した例ではないから、これをもって、本件特許方法によって生産される物が公然知られた物に当たるということはできない。
(二) 被告の主張
(1) マッケンジー特許においても、結合剤物質として硬化性成分を用いて永久的密閉構造が形成されている。そして、このような結合剤物質を用いてマッケンジー特許の方法によって生産される物は、不溶性で不融性の結合部組織を有しており、本件特許方法によって生産される物と同種の物である。したがって、本件特許方法によって生産される物は、特許法一〇四条でいうところの「日本国民において公然知られた物」に当たり、同条適用の要件たる新規性がない。
(2) 特許法一〇四条は、被告のイ号方法が不明あるいは立証が不十分な場合に初めて適用されるべきところ、被告は、イ号方法を開示説明している。
5 損害額
(一) 原告の主張
(1) 現在までの被告製品の日本国内での販売数量は、一〇万平方メートルを下らない。そして、一平方メートル当たりの価格は、平均四六〇〇円を下らないから、販売金額は四億六〇〇〇万円を下らない。また、本件被告製品の海外での販売数量は、少なくとも国内販売の二倍(二〇万平方メートル)に及び、輸出価格は、一平方メートル当たり平均三二〇〇円を下らないので、販売金額は六億四〇〇〇万円を下らない。
(2) 本件特許の実施料率は、販売額の九パーセントが相当である。したがって、被告製品の販売による原告の損害額は、前記被告の販売総額一一億円の九パーセントに当たる九九〇〇万円である。
(二) 被告の主張
(1) 原告の主張(1)は、強いて争わない。
(2) 再帰反射性シートを含むプラスチックフィルム・シートの実施料率は、一ないし三パーセントであり、特許権の実施を許諾する積極的なライセンスに比し本件は特定の商品に限って特許法の行使をしないとする免責付与的なライセンスであることに加え、本件では、被告が実施している方法は、結合部組織を加熱成形した後の工程において、狭義の放射線も熱も使用しておらず、本件特許権を侵害しているとするには相当無理な論理構成が必要であり、特許権侵害の蓋然性が極めて低いことからすると、一パーセント以下の低料率が採用されるべきである。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 本件発明の技術的思想
(一) 証拠(甲二)によれば、本件発明の技術的思想は次のようなものであることが認められる。
(1) マッケンジー特許の製品は、<1>反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊、及び<2>極度の温度変化、雨、雪、氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊を受けやすかった。
(2) マッケンジー特許の右課題を克服するのに、本件発明は、結合剤物質を適当に選択すること及び加熱成形操作後その場でその物質を硬化することによって、結合部とそれが加熱成形されるシートとの間に非常に強大な接着力が得られる網目状組織の結合部を取り入れたものである。
(3) このような技術的思想をもつ本件発明は、硬化した物質が改良された内部強度特性を示すことができることは知られていたものの、結合剤物質と他の物質である被覆フィルムとの接着が改良された点で意外であった。このような、接着の改良は、アクリル系結合剤物質はポリエチレンテレフタレート担体シートに対して結合を形成しないなど、すべての被覆シートと硬化性結合剤物質との組み合わせで生じるものではない。
(二) 右認定に対し、被告は、マッケンジー特許の製品も既に十分な耐久性を有していたと主張し、マッケンジー特許の明細書には、被告主張のような記載がされているし(甲六、乙三三)、証拠(乙三二、証人ロジャー・アール・タムテ、証人湯川重男)及び弁論の全趣旨によれば、マッケンジー特許の製品は一〇年間の耐久性を有するという保証により販売していたこと、米国連邦規格及び米国カリフォルニア州規格は反射シートが促進耐候試験二二〇〇時間に耐えることを要求しており、これは自然暴露一〇年以上に相当すること、米国コネチカット州規格は反射シートの有効耐用年数一〇年とされていること、マッケンジー特許の製品は、これらの規格に適合していたことが認められる。しかし、右のような促進耐候試験により右製品が相当な確実性をもって一〇年以上の耐用性を示すことが期待され、原告もそのような見込みをもって前記保証をしていたとはいえ、現実の製品の使用条件は千差万別であろうから、これらの事情から直ちに右製品に原告主張のような不都合が生じるはずがないということはできないし、本件発明がなされていること自体に証拠(甲二、九、一〇、乙三四、五〇)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、本件発明をもって解決を要請する程度に、マッケンジー特許の製品は屋外で使用しているうちに剥離を生じるという問題があったことが認められる。
2 マッケンジー特許に開示されている結合剤物質
(一) マッケンジー特許の明細書には、熱硬化性の成分が結合剤の層に使用されてもよいが、全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して、密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならないとの記載がある(甲六)。そして、右記載は、熱硬化性成分が結合剤の層に使用される態様については、何ら触れていないから、右結合剤の層は全体として熱硬化性を示す場合も、密閉封緘中に粘着性の流動状態に変換されれば良いものと解される。
(二) 原告は、右記載は熱硬化性の成分が混入を許容されているのみであり、主眼は全体として熱可塑性ないし熱粘着性でなければならないと主張するが、マッケンジー特許の明細書にはそのような記載はないし、熱硬化性樹脂も室温あるいは加熱によって流動性を示すのであるから(乙一五の1ないし3、六二の1ないし3)、マッケンジー特許の明細書の記載がこのような熱硬化性樹脂を含まないと解する理由はない。
(三) もっとも、マッケンジー特許の明細書には、その製品について、真空-加熱技法を使用して、その切断端縁に沿って容易に封緘されるとの記載があるが、本件特許における硬化は、本件特許の明細書によれば、比較的不溶解性及び不融解性を生じる化学反応であり、相対的概念であるところ、被告製品のように実質的に不溶性で不融性となった製品も、切断端縁を封緘することができるのであるから(乙五七)、この記載からも、マッケンジー特許の明細書に記載されている結合剤物質は被告製品に使用されているような結合剤物質を含みうることになり、全体として熱可塑性ないし熱粘着性である結合剤物質のみを対象としているということはできない。
3 本件特許の新規性を有する部分
以上からすれば、マッケンジー特許において、結合剤物質に熱硬化性樹脂を用いること自体は開示されているというべきであるが、マッケンジー特許においては、結合剤物質に選択した熱硬化性樹脂を使用し、硬化を施すことによって被覆フィルムと結合剤物質の接着が改良されるという発想はない。そうすると、本件特許において新規性を有する部分は、右の接着を改良させる方法として、本件<2>要件(この結合部組織に施させる放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすること)とともに、本件<1>要件(加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成する)も新規性を有するというべきである。
4 本件特許の新規性を有する各事項の重要性
前記本件発明の技術的思想からすれば、本件発明の核心は、硬化を施すことにより、結合剤物質と他の物質である被覆フィルムとの接着が改良されるという意外な効果を発見したということにあり、このような本件発明の効果を得るには、接着が改良されるような結合剤物質を選択することも、製造工程でなされる必要があるか否かは別として硬化処理が施されることも、いずれも必要不可欠であり、「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化し得る結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成する」(本件<1>要件)という構成要件が「この結合組織に施させる放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」という事項(本件<2>要件)よりも重要であるということはできない。
5 被告製品は、従来製品に比し、優れた耐久性を示していることは、前提事実記載のとおりであるので、その原因について検討する。
(一) 原告製品及び被告製品の被覆フィルムをそれぞれ摂氏九三度で三時間若しくは二〇時間、一〇〇度で一時間、一三〇度で一〇分間又は一五〇度で一〇分間の加熱をオーブン乾燥機中でそれぞれ行ったところ、原告製品の被覆フィルムの収縮割合は縦横とも一四ないし六〇パーセントであり、被告製品の被覆フィルムの収縮割合は縦が五ないし三一パーセントであり、横は一パーセント以下であること、被告製品(一軸延伸フィルムと熱硬化性成分の結合剤物質の組み合わせ)、熱硬化性成分を除去した被告製品(一軸延伸フィルムと熱可塑性成分の結合剤物質の組み合わせ)、被覆フィルムを原告製品のものに換えた被告製品(二軸延伸フィルムと熱硬化性成分の結合剤物質の組み合わせ)、マッケンジー特許の実施品である原告の旧製品及び原告製品をそれぞれ摂氏九三度で三時間又は二〇時間の加熱を施したところ、一軸延伸フィルムのものは結合剤物質のいずれでも被覆シートが緊張してしわにならなかった非影響面積の割合は九六ないし九九パーセントであり剥離も認められないのに対し、二軸延伸フィルムは、熱硬化性成分の結合剤物質を組み合わせても、加熱三時間で非影響面積が二七パーセントで部分的な剥離が認められ、加熱二〇時間で非影響面積が八パーセントで全面的に剥離したこと、なお原告製品は加熱三時間で非影響面積が九一パーセントで剥離は認められず、加熱二〇時間で非影響面積が五八パーセントで部分的な剥離が認められ、原告旧製品は加熱三時間で非影響面積が一九パーセントで部分的な剥離が認められ、加熱二〇時間で非影響面積は四パーセントで全面的に剥離したことが認められる(乙三七、三八)。
(二) 熱硬化性成分を除去した被告製品と原告の旧製品とをサンシャインカーボン式促進耐候性試験機による二二〇〇時間の試験並びにユゥブコン促進耐候性試験機による一〇〇〇時間及び三五〇〇時間の試験にかけたところ、右被告製品はいずれの試験においても剥離は発生しなかったが、原告の旧製品は、サンシャインカーボン式耐候性試験機による試験で剥離が発生しており、ユゥブコン促進耐候性試験機による試験では六〇〇時間で剥離が始まり、一〇〇〇時間では四辺から剥離し、三五〇〇時間ではその剥離がさらに大きく進行した状態であった(乙五〇)。
(三) 右各実験結果からすれば、被告製品が耐久性に優れているのは、被覆フィルムが熱収縮性の小さいものであることが大きく寄与していると認められる。
6 被告製品の本件<1>要件該当の有無
後記争点4につき、加熱も放射線照射に含まれるとしても、以上の説示によれば、被告製品に使用されている熱硬化性樹脂は、マッケンジー特許の明細書に指摘されている熱硬化性物質を超えるものではないということができるし、被告製品は結果として、従来製品に比し、耐久性に優れたものとなっているが、その原因は、新規性のある本件<1>要件の方法を使用したというものではなく、被覆シートに熱収縮性の小さいものを使用したのが大きく寄与しているのであって、被告製品が本件<1>要件の方法により生産されたとすることはできない。
二 争点2について
1 被告製品に加熱成形後の硬化が施されているか否かについて
(一) 被告製品の基体シートが架橋剤であるメラミンーホルムアルデヒドを含有し、硬化反応により実質上不溶性で不融性となっていることは、当事者間に争いがない。
(二) 原告は、完成した被告製品を再度エンボスローラーで成形しても十分な流動性が得られないこと、被告製品が屋外露出試験において本件特許の製品と同等の耐久性を示したこと及び引き剥がし試験によっても加熱成形直後と市販被告製品との間で結合強度が増大していることを挙げて、被告製品は加熱成形後の硬化が施されていると主張し、証拠(甲五、一〇、一一、一七)によれば、原告従業員が、市販被告製品を再加熱成形操作したところ、当初の成型時には十分な流動性があって、シートのガラス球の周り及び上部を流れて、被覆シートと接触しているのに対し、再加熱成型時には当初の成型時よりも流れ方が少ないこと、市販被告製品は二年間の屋外露出試験を終えた後もシーティングの機能を十分果たしていたこと及び加熱成形直後の被告製品の引き剥がし試験の結果は一六七六グラムであり、市販被告製品の結果は八九三グラム、一四七二グラム及び二四九三グラムであることが認められる。
(三) しかし、被告は、被告商品は加熱成形前に硬化させ摂氏二〇〇度以上の温度で加熱成形していると主張し、被告製品の基体シートは、商品として市販されている完成品も、前記加熱加圧接合工程の加熱エンボス加工を行う前のものも、トルエン、メチルイソブチルケトン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド及びジメチルスルホキシドのそれぞれの有機溶剤にそれぞれ投入して、一八ないし二四時間放置する溶解性試験において、いずれの有機溶剤にも溶出せず、右基体シートはいずれの段階でも不溶性であることが認められ(甲五、乙一九)、加熱成形前にある程度の硬化がされているし、証人湯川重男は、右被告の主張に添う証言をする。他方、原告の前記再加熱成形はエンボスローラーを摂氏一四三度に加熱して行ったというのであるから(甲一一)、右再加熱成形によって十分な流動性が得られなかったのは、加熱成型時の温度が低かったためではないかとの疑問が残る。
(四) さらに、原告は、引き剥がし試験について、加熱成形直後の被告製品について一回の試験結果と、市販被告製品についての三回の試験結果のうちの最大値とを比較して、市販被告製品の接着力が増大していると主張するが、市販被告製品の試験結果のうち二回は、加熱成形直後の被告製品の試験結果を下回っており、これらの試験結果から、被告製品の接着力が増大しているということはできない。甲第一七号証には、市販被告製品の試験結果のうち数値の小さい二回は、引き剥がし中に被覆フィルムがちぎれるか、もしくは試験片を金属支持板に固定する接着剤の不具合があったはずである旨の記載があるが、右記載の文言からすれば、これらは試験結果の数値からの推測にすぎず、最大の数値のみが信頼できる結果であるという理由とはならない。
(五)(1) 他方、証拠(乙一三)によれば、被告製品の製造工程は、基体シートと被覆シートをそれぞれ巻き出し、それぞれ複数のロールを通過させた後両者を合わせ、加熱エンボスロールと弾性ロールの間を通過させて加熱エンボス加工することにより両者を一体化し、次いで複数のロールを通過させて、原反巻取機で再帰反射シート原反を巻き取る加熱加圧接合工程及び右巻き取った再帰反射シート原反に離型紙に塗布して乾燥させた粘着剤を張り合わせ、次に離型紙を剥離し、離型フィルムと張り替え、それから、本件反射シート原反を規定の製品幅にカットして紙管に規定の長さを巻き取り、本件反射シートの製品を梱包し出荷できる状態にする仕上げ工程からなるところ、両工程のいずれにも放射線照射及び加熱処理を含む硬化処理を行っている形跡はなく、硬化処理をする装置はないことが認められる。
(2) 原告は、乙第一三号証について、公証人は技術の専門家でないこと、加熱エンボス加工の後に反射シートが通過するロールにおいて加熱しようと思えば加熱できること、加熱加圧接合工程と仕上げ工程の間に加熱硬化をすることが可能であることなどを挙げて、その証明力を争う。しかし、公証人は随意巻き取り機に指を触れるなどして見聞したというのであり、加熱されていれば、素人である公証人にも分かったと考えられる。
(3) また、証拠(甲四、一七)によれば、公証人が加熱エンボス加工直後に採取した反射シートの基体シートは、溶解性有機成分が四一・六パーセントを構成しており、市販の被告製品の基体シートの有機成分中四四・七パーセントがトルエンに溶解するというのであるから、加熱エンボス加工直後と流通販売段階で被告製品の溶解性にほとんど差がなく、加熱エンボス加工後に硬化処理がされたとは認められない。
(六) 以上の事実に証拠(証人湯川重男)や弁論の全趣旨を併せ考慮すると、被告製品の基体シートは、加熱エンボス加工後に硬化処理がされているとは認められず、加熱エンボス加工の前に硬化されていると認められる。
2 被告製品が、出荷後の自然界の放射線照射等による硬化の進行を予定された商品であって、加熱成形後の硬化がされていなくても、本件特許の侵害となるかについて
(一) 原告は、被告製品がシーティングの使用中に硬化反応を進行させて結合力の増大を図ることは、「積極的に硬化させること」の一態様に当たるし、本件特許請求の範囲中の「その場で硬化させ」の「その場」とは、被覆シートと接着した結合部組織をその状態のままで硬化させるという位置関係を言っているのであるから、シーティングの使用中に硬化することも、「その場で硬化させ」に当たると主張する。
(二) 確かに、市販被告製品の基体シートの有機成分中四四・七パーセントがトルエンに溶解するところ、これをオーブン中で七日間摂氏六五度に加熱するか、加速耐候性試験装置に七日間曝すかすると、一六重量パーセントの有機成分がトルエンに溶解し、八四重量パーセントは溶解せず硬化し(甲五)、二年間の屋外耐候性試験に曝した被告製品と同じ期間書類入れに入れてファイルに保管していた被告製品をそれぞれ溶解性試験すると、屋外耐候性試験を経たものは基体シートの溶解有機成分が一六・七重量パーセントであるのに対し、ファイルに保管していたものは基体シートの溶解有機成分が二六・三重量パーセントである(甲一三)。したがって、被告製品は、販売段階では硬化が完了しておらず、一般に屋外での使用中硬化が進行することが認められる。
(三) また、本件特許の請求の範囲中の「その場で硬化させ」の意義も、特許明細書に「自立形態にある間に、結合剤物質をその場で硬化させる」との記載があり、この記載からすれば、その場とは、「結合剤物質が加熱成形により形成された形状のままで」を意味すると認められる。
(四) しかし、前記本件発明の技術的思想に述べたように、結合部組織の硬化は、本件発明の効果である被覆シートと結合部組織の接着の改良を得るために必要不可欠な重要なものである。また、本件特許の明細書に「本発明の再帰反射性シーティングを完成するためには、次に打ち出したシーティングを、あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する。」との記載があることや挙げられている実施例一ないし一三が人為的に放射線を照射した製造方法によっていること、本件第一異議答弁書には「結合剤材料をフィルムと模様状に接触するように加熱成形し、次いで加熱成形した模様状結合剤材料を硬化する一連の工程は教示していない。」等の記載があること、本件第一審判答弁書一には「本件特許発明は結合剤物質をまず加熱成形した後に、放射線を用いて積極的に硬化させることが必須要件である」等の記載があることからすると、原告は、本件特許取得の前後を通じて、放射線照射による効果は、製造工程中においてなされることを想定しており、製品完成後使用中に硬化されることは念頭になかったものと認められる。これらの事情を総合考慮すると、仮に、製造工程において放射線を施して硬化されていない場合に、シーティングが使用中に放射線に浴びることを、製造工程における放射線照射と同視できる場合があるとしても、そのような場合は、少なくともシーティングの硬化が確実になされることが必要であると解すべきである。しかし、被告製品に架橋剤としてメラミンーアルデヒド(メラミン樹脂)が使用されていることは当事者間に争いがなく、メラミン樹脂の熱硬化温度は摂氏一〇〇度以上であるところ(乙六七、六八)、被告製品が使用される道路標識は、直射日光の届かないトンネルや気温の上がらない寒冷地においても使用が予想され、シーティングの使用条件は千差万別であり、シーティングが硬化されるかどうかは不確定要素が多分にあると言うべきである。したがって、多くの場合にシーティングが使用中に直射日光を浴びるなどして硬化するとしても、これをもって製造工程における放射線照射と同視することはできない。
(五)(1) また、証拠(乙六九)によれば、加熱成形加工直後の被告製品とこれを摂氏六五度又は九三度でそれぞれ一六時間、三日間又は七日間加熱処理をしたもの及び常温で二年間保管したものについて、引き剥がし試験をしたところ、加熱成形加工直後の被告製品に対し、右各加熱処理をしたものは、高温で加熱をするほど、長時間加熱をするほど平均引き剥がし強度が低下し、その低下率は一二ないし四〇パーセントであること、常温で二年間保管したものも平均引き剥がし強度が九パーセント低下していることが認められる。したがって、被告製品は、硬化が進行すると、被覆シートと結合部組織の接着力は低下することが認められ、本件特許の効果である右接着の改良がされていないから、特許の効果を実現していない点でも、被告製品は本件特許の侵害とは言えない。
(2) 原告は、特許明細書に記載した試験法は予備的試験法であって、屋外露出試験において結合部組織の結合力の増大が確認されている以上、右予備的試験法をするまでもなく本件特許の技術的範囲に入ると主張するが、屋外露出試験は、被告製品が使用された際にどのような耐久性を示すかについて試験をするものであるから、被告製品の耐久性能を良く計測するものではあるが、他方、このような耐久性の向上は、被覆シートと結合部組織の接着力の硬化による改良以外にも、寸法性に優れた被覆シートの選択によっても可能と考えられるのであるから、屋外露出試験は被覆シートと結合部組織の接着力を直接計測するものではない。他方、引き剥がし試験は、被覆シートと基体シートとの結合強度を計測するものであって、被覆シートと結合部組織の接着力以外の要素でその結果が左右される度合いが屋外露出試験に比べ小さいと考えられる。そうすると、硬化前と硬化後の引き剥がし強度を比較した右引き剥がし試験は、硬化による接着力の増大の存否を試験したものとして十分信用することができる。
3 右1、2のとおりであり、被告製品は、加熱成形後の放射線照査或いは加熱による硬化が施されていないし、出荷後の自然界の放射線照査等による硬化の進行を予定された商品ともいえず、本件<2>要件の方法により、生産されたものということはできない。
三 右一、二のとおりであり、被告製品は、本件<1>要件又は本件<2>要件の方法により生産された商品ではないから、争点3を判断するまでもなく、被告製品は本件特許権を侵害していないと判断することができる。
四 争点4について
被告製品も、本件特許によって生産される製品も、従来製品に比して優れた耐久性を有することは前提事実記載のとおりである。
しかし、被告製品の優れた耐久性は、本件<1>要件、本件<2>要件の方法を使用したのが原因ではなく、被覆シートに収縮性の少ないものを使用したのがその大きい原因であることは、先に認定したとおりである。
したがって、特許法一〇四条の適用の前提たる物の同一性が存するとしても、同条の推定を破る事実が認められるのであって、原告のこの点の主張は理由がない。
第四 結論
以上のとおり、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する(平成一〇年七月八日弁論終結)。
(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 和田真 裁判官 大垣貴靖)
目録
左図(1)の断面構造及び、左図(2)の平面構造並びに左記構成を有する再帰反射シート(商品名「キワライト・ハイインテンシティグレード」)。
図(1)断面図
<省略>
図(2)断面図
<省略>
構成
図(1)の層A乃至Gは、それぞれ左記の構成を有する。
(一)、層Aは、主としてメチルアクリレートとブチルアクリレートの重合体よりなる透明フィルムである。
(二)、層Bは、空気層である。
(三)、層Cは、直径約四〇乃至八〇ミクロンのガラス球である(層Dに半分埋め込まれている)。背面は金属アルミニウム被膜で覆われている。
(四)、層Dは、図(2)のように四角形の網目状に盛り上がった領域Hに於て層Aと強固に接着し、その他の領域Iに於ては半分埋め込まれた層Cのガラス球を保持しており、左記成分(a)乃至(c)を含有し、成分(a)と(b)の硬化反応により実質上不溶性で不融性となった白色の厚さ約六〇ミクロンの層である。
(a) 主としてエチルアクリレートとメチルメタクリレートの重合体であって、アクリレート又はメタクリレートの一部がヒドロキシプロピル基又はヒドロキシブチル基を有する重合体。
(b) 架橋剤であるメラミンーホルムアルデヒド。
(c) 酸化チタン顔料。
(五)、層Eは、左記成分(a)、(b)よりなり、成分(a)と(b)の硬化反応により実質上不溶性で不融性となった透明の厚さ約一五乃至二〇ミクロンの層である。
(a) 主としてエチルアクリレートとメチルメタクリレートの重合体であって、アクリレート又はメタクリレートの一部がヒドロキシエチル基を有する重合体
(b) 架橋剤であるメラミンーホルムアルデヒド。
(六)、層Fは、主としてブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、ビニルアセテートの重合体よりなる厚さ約三五乃至五五ミクロンの接着剤層である。
(七)、層Gは剥離フィルムである。
別紙
図一
<省略>
イ号方法目録
下半球に反射鏡が設けられて再帰性反射要素の層となるガラス球が熱硬化性樹脂層に部分的に埋め込まれた基体シートを製造し、前記再帰性反射要素の層の上に空気層を介して透明カバーフィルムからなる被覆シートを部分的に結合一体化し結合部組織を形成して再帰性反射シートを製造する方法において、前記ガラス球固着樹脂シートとして、熱硬化性樹脂を塗布して硬化させた樹脂シートを用い、前記ガラス球固着樹脂シートと前記被覆シートとを加熱エンボス加工により結合し、その後、前記結合部には放射線硬化処理も熱硬化処理もしないうえ、前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることもしていないことを特徴とする再帰性反射シートの製造方法。
右は正本である。
平成一一年三月一〇日
和歌山地方裁判所
裁判所書記官 中井敏一
(別紙四)
(19)日本国特許庁 (11)登録意匠番号 1008003
(45)平成10年(1998)4月22日発行 (12)意匠公報(S)
(52)J2-391
(21)意願 平9-2086 (22)出願 平9(1997)1月30日
(24)登録 平10(1998)1月30日
(72)創作者 御園昭二 東京都新宿区西新宿2丁目1番1号 シチズン時計株式会社内
(73)意匠権者 シチズン時計株式会社 東京都新宿区西新宿2丁目1番1号
審査官 森則雄
(54)意匠に係る物品 腕時計用側
(51)国際意匠分類(参考)10-07
説明 本物品において、正面図中央楕円部分の前面は透明ガラスであり、その裏面は円形部分を除き不透明になるよう印刷等で構成されている。
この意匠は図面代用写真によって表わされたものであるから細部については原本を参照されたい
(56)参考文献 意登 467426
<省略>
意匠公報
<省略>